Skip to content
2016年6月3日 / misotukuri

ポストモダン人、モダン人、プレモダン人?

 先月の朝生で村田晃嗣先生が、欧米や日本はポストモダン、ロシアや中国や北朝鮮はモダン、ISやアフリカ諸国などはモダン以前のプレモダンの国家だと言っていた。
 http://video.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&dd=1&p=%E6%9C%9D%E3%81%BE%E3%81%A7%E7%94%9F%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93+5%E6%9C%8827%E6%97%A5
 だから、別カテゴリの国家とは同列の議論は出来ないのだということなのだが、まあ、これは一種のタブーに踏み込んだ発言だった。
 かっての後進国が、発展途上国になり、今また、発展途上国とも言えない時代に、プレモダンか!
 こういう言い方の方が、単に経済的なことに留まらず、その国の人々の文化レベルまで包含していて、確かにより適切だ。
 だが、国家の代わりに人間と言えば、あるいは問題発言になったかもしれない。
 人間にもポストモダン人、モダン人、プレモダン人があって、・・・と言えば、名指しされた人によっては侮辱だと怒り出すかもしれない。
 しかし、事実だよな。
 たまたま、朝生の出席者全員がポストモダン人だったからということもあるが、だれも反論しなかった。
 ところで、あなたは、ポストモダン人、モダン人、プレモダン人?
 それは、あなたが宗教的なお祭りごとを当事者としてしなければならない時に、何をどうするべきかわかっているかどうかで決まってくる。
 と言うのも、われわれの現代は宗教が形骸化したポストモダンの時代だと思うからだが・・・
 1 まったくわからない・・・・ポストモダン人
 2 だいたい知っている・・・・モダン人
 3 意味までわかっている・・・プレモダン人
 さあ、どうだろうか?
 宗教の専門家は別として、ほとんどの人が1と2の間だろう。
 先週亡くなった義母は田舎の先祖供養という土俗的神道、仏教のお祭り事を日々の生活の中で実践していた人だった。
 だが、彼女は自分の息子に「私が死んだら、もうこんなことはしなくてもいい」と言ったそうだ。
 とすれば、彼女は自分のしていることを形骸と言わないまでも、昔からしていることだからやっているだけとよくわかっていたわけで、ポストモダンの時代に生きたモダン人だと思う。
 私みたいな精神的デラシネは、その点、子供の頃からポストモダンの世界に生きてきたので、宗教は本の中のものでしかない。
 そういう人間は、祭事の一つ一つ細々したしきたりの意味を本で勉強してわかったとしても、尊重はしても信仰することはないだろう。
 信仰の道に入るにはもっと大きな個人的体験が必要だ。
 死んだらあの世があるとはどうしても信じられないのだ。
 従って、私のような霊感のない人間は、宗教生活においては特にポストモダン人だろう。
 なお、最近知ったことだが、ユダヤ教には天国とか地獄というのはないそうだね。
 そう言えば、先行するメソポタミヤ神話でも、天国とか地獄とかはない。
 古代ユダヤ人や古代メソポタミヤ人はポストモダンか?と言えば、そうではない。
 単にそこまで思いつかなかっただけのこと。
 天国とか地獄というのが日本でも生まれたのは、中世になってからじゃないかな?
 誰か、文献を調べておくれ。
 結局、そういうものは全て人間が創り出したことなのだ。
 だって、そういうのがなかった時代があったんだもの。
 それをはっきりとわかっている人間が、ポストモダン人ということ。
 ただ、時代はどんどん加速しているわけで、ポストモダンも既に遠ざかりつつある。
 それをどういう時代というのか?
 そして、そこに生きる孫などの世代の人間は?
 それを何と呼ぼうと、自然に生まれた人類最後の世代と思うので、彼らには精一杯人生を楽しんで生きて欲しいと思う。
 では。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。