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2016年6月27日 / misotukuri

映画「雪の轍」の高級な悩みに関心はない度

 昨夜、録画してあった映画「雪の轍(わだち)」(14年、トルコ、仏、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督、ハルク・ビルギネル、メリサ・ソゼン、デメット・アクバァ、ネジャット・イシレル他)を見た。
 正直、この長さ(197分)と第67回カンヌ国際映画祭でパルムドール受賞作というブランドに圧倒されて、なかなか見る気がしなかった映画なのだが、HDDの容量を空けなければいけないので、しかたなく見た。
 しかし、これはアントン・チェーホフの短編小説「妻」に着想を得た作品というが、チェーホフはほとんど読んだことがないのでよくわからないが、確かに傑作だな。
 ブルジョアの主人公アイドゥンとその若い妻ニハルとの間の愛憎劇以外に、いろいろな比喩的モチーフがある。
 特に、家賃を滞納している借家人イスマイルの息子イリヤスが家主のアイドゥンの乗った車に投石したことから生じたドラマが興味深い。
 家主のアイドゥンは借家人イスマイルのことなど、会ったこともないし、家賃を滞納していることもよく知らない、そういう雑事は使用人や弁護士にまかせており、むしろ借家人の窮状を聞いて同情している自分が何故そこまで憎まれるのか理解できない。
 イスマイルは犯罪者で数ヶ月前に刑務所を出所したばかりなのだが、どういう犯罪を犯したのかというと、姉の下着を盗まれたことをからかった相手を刺したということらしく、誇り高い男なのだ。
 そういう彼を仕事に雇う者もなく、家族は生活に困窮しているのに、わずかな家賃を滞納したからと言っていきなり裁判所に訴えて血も涙もなく家財を差し押さえするという強制執行をしたアイドゥンに恨みを抱いている。
 そういう父親を見ていた息子のイリヤスは家主のアイドゥンの車が通りかかったのを見て父親の屈辱を晴らそうとして投石したのだった。
 幾ら鈍感な人間でも、これは、いわば9.11同時多発テロみたいなものと思うが、どうか?
 アイドゥンは金持ちアメリカの大統領、イリアスはアラブの屈辱を晴らそうとする洗脳されたテロ実行犯。
 イスマイルの弟の導師ハムディに伴われイリヤスは謝罪にアイドゥン宅を訪れるのだが、10km以上もある冬のぬかるんだ雪道を2度も続けて歩いて来て高熱で意識朦朧となっていたイリヤスは謝罪と赦しの儀式的接吻をしようとして倒れてしまう。
 私はこのシーン、最初、イリヤスは、昨今のイスラム・テロのテロリスト達のように、本当は鉄槌を下したと思っていて謝りたくないのに、自分の仲間からも悪いことをしたんだから謝りなさいと強制されて、しかたなくイヤイヤながらも形式的な謝罪をしようとしたが、結局その葛藤に耐えかねて倒れてしまったのかと思った。
 このイリヤスくらいの子供の時、私も何度か大人に強制されて謝らされた経験があるので、身につまされたのだ。
 あの悔しさ、屈辱感は、きっと、テロリストのものだと思う。
 他にも興味深いモチーフはあるが、長くなるのでやめておこう。
 では。

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