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2016年7月4日 / misotukuri

映画「マトリックス」を解剖する度

 昨夜は映画「マトリックス」(98年、米、ウォシャウスキー姉妹(兄弟)監督、キアヌ・リーブス、ローレンス・フィッシュバーン、キャリー・アン=モス他)を見た。
 これも、4.5回目だが、今回は先日見た映画「ダークシティ」との対比で見た。
 だから、「マトリックス・リローデッド」や「マトリックス・レボリューションズ」などまでも見る気はない。
 本題に入る前に、先に好きな俳優の話をしておくと、ローレンス・フィッシュバーン。
 彼の名前を知ったのは、劇場未公開映画「バッド・カンパニー/欲望の危険な罠」だった。  http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=27003
 この映画、脚本があのロス・トーマスが書いているので、見る気になったのだが、これで一発にローレンス・フィッシュバーンのファンになった。
 映画自体は完璧にロス・トーマスの世界だ。(何、ロス・トーマスを知らない? パスだな)
 まあ、DVDレンタルで見かけたら、是非、一見をオススメする。
 さて、「マトリックス」だが、見る度にくだらなくなる映画があるが、これもそのひとつ。
 謎解きの域を出ない続編は、一度、見てしまうと二度と見る気はしないので論外だ。
 そこでだ、一応、レボリューションズまで見たとしての議論だが、「マトリックス」の映画的な魅力は高いものがあると言うこと自体は認めざるを得ない。
 だから、これを初めて見る人はうらやましいと思うのだ。
 ぜひ、興奮して見ていただきたい。
 だが、この話はうまく出来すぎていることに注意すべきと思う。
 せめて、救世主ネオは、トーマス・A・アンダーソン君以前に何人もいたのだが、結果的に今もこの世界は救われていないままという設定にすべきだった。
 聖書でも、イエス・キリスト以前に何人も処女受胎で生まれた神の子がいたとあるのにね。
 処女受胎が「不可能故にわれ信ず」(テルトゥニアヌス)かどうかはともかく、聖書でもイエス・キリストは何代目かの存在で、先行する救世主候補(予言者)がいた。
 彼らは、偽りの世界に生きる人々の目を覚まそうとしたわけだ。
 最終的にイエス・キリストがそれに成功したかどうかはわからないが、聖書では、当たり前だが、成功した、あるいはその道筋を示したことになっている。
 「マトリックス」も、最初から、こういう構図を入れないとね。
 これでは単なるアウトサイダーのサクセス・ストーリーでしかない。
 まあでも、養育器に入れられ、胃瘻(いろう)で栄養分を注入され、ヴァーチャル・リアリティの中だけで一生を送っている人類のおぞましい姿を視覚化して見せたのは、すごかった。
 映画の方は見ていないのだが、「泰平ヨンの未来学会議」(スタニスワフ・レム著)に出てくるドラッグで全てを解決する未来社会を映像化したら、これくらいの衝撃があるだろう。
 しかし、ヴァーチャル・リアリティの世界は、それが進化すれば大勢の生身の人間の脳とコンピュータを接続する必要はないわけで、映画「ダークシティ」のように個人の記憶をデータ化して人間のポリゴンでロードすれば、社会実験的シミュレーションなどいとも簡単にでき、それを外界から(もちろん、内部に入っても良いのだが)観察することだって出来る。
 マトリックスの正体は、超巨大化したスーパー・コンピュータなのだが、だから、それが生身の人間をマトリックスの世界で生存させる必要はなく、多分、そう人口は多くないはず。
 そして、少数ながらも人類を養っているのには、目的があるはず。
 もちろん、AIは別種の知性なので、その行動に目的みたいな人間的なものがあるかどうかはわからない。
 そのあたりは、映画「マトリックス」でもモーフィアスの語るマトリックス創世記の話でそれと知られる。
 だが、もしそうなら、ネオは必然的に「ダークシティ」の主人公ジョンのように、そして、裏切り者サイファー(?)のように、自己発見の探索の果てに”今の自分”が良ければいいと思えるようになるはず。
 そして、それは物語の終わりでもある。
 「連環宇宙」(ロバート・C・ウィルソン/著)でも、1万年後の未来に何故か再生された男と1万年前の人間の記憶をインストールしたらその人格に本来の人格が駆逐されてしまった女が出てくる。
 彼らはどちらも自然に生まれた人間ではなく、記憶や人格も1万年前に死んだ人間のもの。
 彼らが抱く記憶に基づく罪悪感とか感情も厳密に言うと、自分のものではない。
 ちょうどヴァーチャル・リアリティの中の登場人物のようなもので、彼らが流す涙や心の痛みは、彼ら自身にとっても実にリアルなんだけど、外界との相互作用の中で観察され成り立っているものなのだ。
 悪いことをした俳優が涙を流して心から謝罪の言葉を述べて見せても、演技なのか真実なのかよくわからないようなもの。
 そういうことがわかっている人間には、「マトリックス」の続編など一度見たら十分だ。
 では。
 
 

 
 

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