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2016年7月8日 / misotukuri

「宇宙に外側はあるか」でSFする度

 「宇宙に外側はあるか」(松原隆彦/著)読了した。
 10年おきくらいにこういう本を読んでいると、最新の物理学の研究でSFの様々なテーマが自分の中でリニューアルされていくのを感じられる。
 疑問への答えが見いだせないままになっていることについての新展開が得られそうだ。
 SFで言う多重平行宇宙(パラレル・ワールド)だが、これも言わば実在説と非実在説を統一する量子論の多世界解釈が面白い。
 多にして一なる多重宇宙観の話なのだが、今までわからなかったが、誤解かも知れないが、何かわかったような気がする。
 簡単に言えば、あくまでこの宇宙は一つなのだが、同時に無数の可能性が存在していて、われわれに認識できている宇宙(つまり、現実)というのは、それらの可能性の中の一つの解釈に過ぎないということだ。
 どのくらいの無数の可能性かと言えば、ストリング理論/M理論の導いた論理的に可能な宇宙の数は、10^500(1兆を41回1兆倍して、さらに1億倍)という。
 これらの可能性としての宇宙は、観察することによって存在が確定する。
 つまり、我々が存在と言っているものは、存在そのものでなく、そのあり方の一つなのだ。
 だが、いつ、誰が、どこで、何故、どうやって、解釈(観察し確定)した宇宙なのか?
 例えば、人類が生まれる前にはこの宇宙は存在せず、人類が死に絶えるとこの宇宙も消滅するのか?
 何かの本で読んだが、この地球の青空は人類がいなくなると見えなくなるそうだが、それは他の動物では別の色に見えているからということらしい。
 これも我々がいるからこの宇宙は存在するみたいな「人間原理」に通ずる話だと思うが、つまり、我々が観測できるこの宇宙も、我々にしか見えない地球の青空のようなものだということか。
 じゃあ、青空が見えない色盲は人類じゃないのか?と非難を受けそうだが、それは実験で確かめることが出来る。
 まるで、色即是空の世界観みたいだが、このように考えると、SF的には、例えば「フリンジ」に出てくるコーテキシファンのような薬物が瞬間移動(テレポート)の超能力を発現させて、時空や多重世界を行き来できることもおかしくはない。
 瞬間移動というのは、可能性の宇宙を解釈することだとすると、物質があるところから別のあるところへ本当に瞬間的に移動する必要はなくなる。
 となると、今までSFファンタジーと馬鹿にしてきた「時をかける少女」もくだらなくはないのかも。
 では。

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