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2016年10月2日 / misotukuri

「『ゼロリスク社会』の罠」でリスク耐性を考える

 「『ゼロリスク社会』の罠」(佐藤健太郎著)読了した。
 一言で要約すると、「リスクのトレード・オフを理解しろ」ということだな。
 こちらを立てればあちらが立たず、あちらを立てればこちらが立たないということはよくある。
 リスクもまた、一つのリスクを避けようとすると、別種のリスクが発生する。
 リスクを0に近づければ、安心は得られるかも知れないが、別種のリスクの増大に悩むことになる。
 従って、この問題を解決するには、目的に沿った妥協が必要。
 リスクとは、「ある行動に伴って(あるいは行動しないことによって)、危険に遭う可能性や損をする可能性を意味する」ということ。
 リスクの高低は、次の式で表される。
 (起きた時の影響の大きさ)×(起きる確率の高さ)=リスク
 リスクなんて考えるのは、どんなときかな?
 オレなんか、いいなと思っても、衛生事情の悪い国には行きたくない。
 上記のリスク計算で言えば、まず、(起きた時の影響の大きさ)だが、伝染病とかに罹るとするとそれは治療で治ってもただでさえ機能低下している腎臓に回復不能のダメージが残るのが目に見えている。
 死ぬのが100とすると、まあ、70ポイントくらいかな?
 次に、(起きる確率の高さ)だが、予防接種とか予防ワクチンの投与が難しい場合は、とてもでないが無視出来る程ではない。
 根拠はないが、健康な人間なら大目に見て5%のところ、私の場合は半々で、50%とする。
 すると、上記の計算では、リスク=70×0.5=35ポイント
 これを多いと見るか、少ないと見るかだが、ちょっと多いな。
 これが15ポイントくらいであれば、行くのだが・・・
 ハーバード大学のリスク解析センターによれば、人々がリスクを強く感じる10の要因というものを発表している。(ちょっと手直ししたが)
 1 恐怖心の有無
 2 制御可能性の有無
 3 自然か人工か
 4 自己選択可能性
 5 子供の関与
 6 新しいリスク
 7 意識したり関心があること
 8 自分にも起きそうなこと
 9 大きな利益が得られるかもしれないこと
10 信頼(信用)の有無
 この指摘は非常に説得力がある。
 ようするに、こういうことがあると人間は冷静な判断が出来なくなりがちになるとも言える。
 感情のままに生きている人間は、特に要注意だろう。
 彼らには「安全」がどうかより、とにかく「安心」が一番だからだ。
 なお、著者は、本人の弁によれば、3.11福島原発事故の時に”御用学者”と名指しされた学者だそうだ。
 それにあなたがどう反応するかもまたリスク耐性についての自己診断のよすがとなろう。
 では。

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