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2016年10月8日 / misotukuri

瀬戸内寂聴の「殺したがるばかども」発言の浅はか度

 6日の人権擁護大会のシンポジウムで、作家の瀬戸内寂聴が「殺したがるばかどもと戦ってください」などと死刑制度を批判しているビデオメッセージが流されたところ、会場にいた被害者遺族らが反発し、大会実行委員会は7日、「配慮がなかったことをおわびする」と謝罪した。(読売新聞より)
 http://www.yomiuri.co.jp/national/20161008-OYT1T50100.html?from=ytop_main6
 独りよがりの浅はかなババアが何かの聖人みたいに祭り上げられているからこうなる。
 大会実行委員会はおわびしても、瀬戸内寂聴は蛙の面にしょんべんだろう。
 小説を書く才能と倫理や知能とは関係ないということがよくわかった。
 我々は専門外では所詮素人。
 いくらご立派な人でも、専門外のことに言及するときは、謙虚であって欲しい。
 死刑制度は国民の復讐感情に関することながら、それをどうするかは、あくまで司法制度の問題。
 瀬戸内寂聴は感情の専門家かも知れないが、頭がもう少し良ければ、「復讐感情を乗り越え、許すことが大事です。誤審の可能性もある死刑制度に代わる別の制度を考えるべきと思います」とか何とか言っておけば、無難だった。
 死刑制度を廃止しても、死刑を求める感情を満足させる別の制度というのは、具体的にはなかなか難しいものがある。
 例えば、終身刑にしても、懲役はさせるのか、病気や怪我をした時治療はするのか、ベッドやエアコンは?食事や間食や嗜好品は????と?が並ぶ。
 死刑囚は、死刑が執行されるまで、刑務所から出られないだけで、他は基本的には何をしようと自由だ。
 そういうことを考えると、瀬戸内寂聴が丸めた頭で考えつくようなものではないだろうということはすぐにわかる。
 死刑制度に代わる制度を提案し、それで国民の理解を得なければ、無責任というものだろう。
 では。

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