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2017年1月6日 / misotukuri

「グッドバイ」-童謡のニヒリズム

 今朝、お正月に溜まった埃を払おうと掃除をしていて、孫用に置いてあった童謡カセット入りのテープレコーダーの電源を掃除機のホースが当たって入れてしまった。
 流れてきたのは、「グッドバイ」(作詞さとうよしみ、作曲河村光陽)だった。
 http://www.uta-net.com/movie/13934/
 掃除をしながら聞くとはなしに聞いていたのだが、これはニヒリズムだね。
 幼児の世界にも垣間見られるこの世の実相というものを活写している。
 ちょっとその歌詞を紹介するので、そういう観点から読んで欲しい。
 なお、テープ起こしなので、正確ではないかもしれないことをお断りしておく。

 <グッドバイ>
1 グッドバイ グッドバイ グッドバイバイ
  父さんお出かけ 手を挙げて
  電車に乗ったら グッドバイバイ
2 グッドバイ グッドバイ グッドバイバイ
  原っぱで遊んだ 友達も
  お昼になったら グッドバイバイ
3 グッドバイ グッドバイ グッドバイバイ
  町からいらした 小母さんも
  ご用が済んだら グッドバイバイ
4 グッドバイ グッドバイ グッドバイバイ
  三匹生まれた 犬の子も
  よそへあげたら グッドバイバイ
5 グッドバイ グッドバイ グッドバイバイ
  赤い夕焼け お日さんも
  沈んでいったら グッドバイバイ

 例えば、1の「父さんお出かけ手を挙げて電車に乗ったら グッドバイバイ」のくだり。
 これは子育てしていた時、よく経験したことだ。
 ある時、玄関のドアの前で「行かないでぇ!」と泣いてすがったわが子を断腸の思いで振り払って出勤した。
 その日は、一日中、別れ際のわが子の顔がちらついて仕事に手がつかなかった。
 それで、夕方帰ってきて、かみさんに「あれから、どうだった?」と聞くと、「そんなもん、ドアを閉めたら、ケロッよ。さあ、次は何して遊ぼか?よ」だと。
 ホント、「エーーーッ!!」だよ。
 何という切り替えの早さ。
 まあ、「行かないでぇ!」と言ったことの真実はあるのだろうが、その程度のことなのだ。
 ようするに、お出かけ前の「儀式」。
 そんなものなのだ。
 この「そんなもの」というのは、諦念だな。
 幼児の抱く愛着感情が大人の自分のそれと客観的に比較して同等のものではないことへの諦念。
 恋人同士でも互いの愛には格差がある。
 それが存在の実相だ。
 そのことを、受け入れられるかどうかが、また問題でもあるのだが。
 この歌詞は、幼児にとっては、愛着の対象が目の前から消えると、クレージー・キャッツでないが、「ハイそれまでよ」であることを歌っている。
 だが、幼児に限らず、世の中の実相とは多かれ少なかれそういうことは避けられないのであって、われわれは「そんなものだ」と受け入れるしかないのだ。
 これも「サヨナラだけが人生だ」の一つの変奏曲だろう。
 「歓酒」 于武陵(う ぶりょう)
  勧君金屈巵 (きみにすすむ きんくっし)
  満酌不須辞 (まんしゃく じするをもちいず)
  花発多風雨 (はなひらいて ふううおおし)
  人生足別離(じんせい べつりたる)
 
  井伏鱒二の訳で、
  コノサカヅキヲ受ケテクレ
  ドウゾナミナミツガシテオクレ
  ハナニアラシノタトヘモアルゾ
 そして、「花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ」として、あまりにも有名。

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