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2017年2月10日 / misotukuri

「ありふれた祈り」は10年に一度の奇跡作か?

 「ありふれた祈り」(ウィリアム・ケント・クルーガー著)読了した。
 これは10年に一度の傑作を超えた奇跡みたいな作品だ。
 2014年度アメリカ探偵小説作家クラブ賞長編賞(エドガー賞)受賞作だが、前年度の2013年度同賞受賞作「夜に生きる」(デニス・ルヘイン著)も、これまでの受賞作の中では最高の出来かと思ったが、これは更に素晴らしい。
 殺人事件の謎自体は、ひねた読者でなくともすぐにハハンと見当がつくが、これは14歳の少年の目を通して1961年の出来事として語っているので、読者も同じ年代の同じ年頃の子供になって読まなければならない。
 ミネソタのまだ少し行けば未開地が残る田舎町の牧師一家を襲った悲劇が悠久の大地の中で展開する。
 まあ、ローラ・インガルスの「大草原の小さな家」の風景を想像してもらえばいい。
 虐殺の記憶がまだ残っているインディアン・スー族の原住民とドイツ系の移住者が混住する町で相次いで起きた変死事件で、まず疑われたのは前科者のインディアンだったが、思わぬ事実が発覚して容疑者は二転三転を繰り返す。
 ストーリーには関係ない話だが、キリスト教にもお通夜ってのがあるんだね。
 初めて知ったよ。
 登場する人物がどれもこれも田舎らしく、おバカだったり、下劣だったり、偏見に凝り固まってたりはするが、どちらかというと根は悪くない人間ばかりというのも、逆にリアリティがある。
 では、いったい誰が殺ったんだろう?それとも、事故なのか?だが、明らかに殺された死体もある。
 この小説は、謎解きと言うよりも、少年の頃のつらくも懐かしい思い出話として読むべきだと思う。
 また、「ありふれた祈り(Ordinary Grace)」ってどういうことだろうかと思いながら読んでいたのだが、最後の方でそれが出てくる。
 そして、その直後に懐疑論者の主人公としても奇跡としか言いようのないものを見ることになる。
 その後、お話が終わりに向かって、急速に収束していく中で、次々にわかってくる驚愕の(もちろん、14歳の少年にとっては)真相のたたみかけは素晴らしい。
 そして、40年後のエピローグ。
 同じものを見、同じことを体験したはずなのに、それぞれの記憶が食い違っていることに気づく。
 ラストの言葉は胸に沁む。
 スゴイ作家もいるもんだね。
 では。

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