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2017年2月13日 / misotukuri

映画「ヘイトフル・エイト」の悪人なおもて善人度

 去年、157本の映画を見て、一本一本、HTMLタグ(CINEMANOTE2016.html)で記録をつけていたのだが、今年の分を作るのに最初からHTMLタグを書くのが面倒で、2016.htmlをエディターで読み込んで、使い回し出来るところは使い回ししてやろうと標題など2016を2017に変えただけで、1本目から156本目までを削除したんだが、それを保存する時に、名前をつけて保存にせず、2016.htmlに上書き保存してしまった。
 すぐに間違いに気がついて、いろいろなファイル復活技法を試してみたが、時間ばかりかかって、ついに復活させることは出来なかった。
 そのショックが大きく、ちょっともう映画を見る気がしなくなっていたのだが、最近また他にすることもないので、映画でも見ようかとなり、記録も2016.htmlは仕方がないとあきらめ、再開することにした。
 映画「ヘイトフル・エイト」(15年、米、クエンティン・タランティーノ監督、サミュエル・L・ジャクソン、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、ウォルトン・ゴギンズ他)は、今年6本目。
 この映画、西部劇であるのは知っていたが、ミステリものとは全然知らなかったので、途中で、それならもっと注意深く見てりゃ良かったと後悔することしきり。
 ストーリーは、黒人の賞金稼ぎの元北軍騎兵隊少佐マーキス・ウォーレン(サミュエル・L・ジャクソン)の目を通して、ほとんどが語られる。
 折からの雪嵐で老馬が死に、賞金首の3死体を抱え、立ち往生していたところ、通りかかった駅馬車のチャーター借り主は、賞金首を決して殺さず生きたまま引き渡すことから”首吊り人”という異名をとる同業者ジョン・ルース(カート・ラッセル)だった。
 ルースは1万ドルの賞金首のかかった女、デイジー・ドメルグを護送中だった。
 マーキスは、一度の面識と同業者のよしみでタダで乗せてもらう代わりに、互いの賞金首には手を出さないこと、女の仲間が女を奪還しに来るかもしれないからオレの賞金首を守れという協定を持ちかけられ、否応なくそれを受け入れる。
 観客は、緊張緩和のリンカーンの手紙のエピソードが一転新たな緊張の始まりとなる展開の妙を味わいつつ、次のうさんくさい人物が登場するのを見ることになる。
 それは、サウスカロライナ州の疫病神と謳われた、南軍の「マニックス略奪団」を率いたアースキンの末っ子クリス・マニックスという若造で、何と目的地のレッドロックの新任保安官だと言う。
 彼はこれから赴任するところで、お前らに賞金を渡すのはオレだし、オレをここで見殺しにすれば、保安官殺しの殺人罪に問われることになる、オレが来るのを知っているだろと御者に確認を求め、ルースを脅す。
 馬車に乗せてもらったクリスは、マーキスが北軍時代にしでかした軍人らしからぬ卑怯且つ悪逆な悪事をいやらしい口調で暴露するのだった。
 こうして、うさんくさい4人が、雪嵐の中、レッドロックへの途中の街道筋にある「ミニーの紳士服飾店」という食事、休憩、売春まで幅広く提供してくれる荒野の一軒家にようやくたどり着く。
 土地勘のあるのはマーキスのみで、そこは顔見知りの店だった。
 外には馬を外した先客を運んだ駅馬車が止めてあり、メキシカンが飛びだしてきて、ミニーの留守中店を預かっていると言ったあたりから、マーキスは何か異変を感じ、馬たちを馬小屋に入れながら、根掘り葉掘りミニーらのことを訊くが、要領を得ない。
 先客達は3人いて、デイジー・ドメルグの仲間を警戒するルースは一人ずつ、お前はどこの誰兵衛で、レッドロックへ何しに行くのかと訊いて回る。
 馴れ馴れしく気取ったイギリス訛りで近づいてきたオズワルド・モブレーと名乗る紳士は、何とレッドロックへ保安官殺しの犯人を処刑しに行く、巡回死刑執行人だという。
 暖炉の側の椅子に座っていた老人は、元南軍のサンディ・スミザーズ将軍で、息子の墓参りに行くのだという。
 耄碌してみる影もないが、バトンルージュの戦いで多くの黒人兵を虐殺した張本人で、そのことはクリスもマーキスもよく知っていた。
 次は、ジョー・ゲージといういかにも悪漢顔の男。
 机に向かって手帖に黙々と自伝を書いているとかいうカウボーイで、クリスマスを祝うため、母親の元へ帰る途中だという。
 先の駅馬車の御者がいないがと聞くとボブは別棟でジェマとお楽しみだという。
 こうして、金さえ出せば人種差別などしない、まず絶対悪人でないと言える御者のO・B・ジャクソンを含めて9人が、雪嵐の一夜を共に明かすことになるのだが、まもなく・・・
 8人のうさんくさい人物の紹介で手間取ったが、この映画の特徴は、セリフによる人物造形の巧みさだ。
 これは、舞台劇にしても絶対に成功するミステリだね。 
 矛盾と言えるようなものは見つけられなかったが、一つだけ、気になったのは、メキシカンが「きよしこの夜」をピアノで弾いたことだ。
 南北戦争(1861~1865年)後の1870年頃の恐らく40歳近いメキシコ人が西部の荒野の売春宿屋で下手くそながらピアノで頭の中にある「きよしこの夜」のメロディを弾けただろうか?
 「きよしこの夜」の全世界への伝播の歴史については、こういうのがある。
 http://www.afpbb.com/articles/-/2552285
 これによると、1854年頃にはプロテスタントでも歌われるようになっていたというし、ニューヨークでの初演が1839年で、メキシコやアメリカ西部でも大流行した可能性はあるが、このメキシコ人の年齢的には微妙なところだろう。
 クリスマスに似つかわしくない場の雰囲気に風刺を込めて下手くそな聖歌を演奏したのか?
 それともクリスマスに死ねば地獄に行かないという伝説を思い起こさせる葬送曲のつもりか?
 ここらもわからないながら、面白かった。

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