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2017年2月22日 / misotukuri

映画「砂上の法廷」の事実か真実か度

WOWOWの録画で映画「砂上の法廷」(16年、米、コートニー・ハント監督、キアヌ・リーヴス、レニー・ゼルヴィガー、ググ=バサ・ロー、ガブリエル・バッソ他)を見た。
ミステリなので、私があらすじを書くと、真犯人がわかってしまうので、ネタバレはやめて、「事実」か「真実」か、どちらが大事かを考えたい。
映画の前にストーリーのあらすじを知りたいなんて、気持ちはわかるが、私のように「法廷もの」かな?程度にしておけば、作品を堪能出来る。
これは、よく出来た短編ミステリ小説みたいな映画だ。
私がエンターテインメント小説を読む時、念頭に置いているよく出来た短編ミステリの条件というのを4つ挙げると、次のとおり。
1 鮮烈なストーリー
2 完璧なプロット
3 余韻のあるラスト
4 意外な犯人
この映画のシナリオは、この4つの条件を完全に満たしている。
これだけでも、主役が私立探偵なら、結構面白い映画になったと思う。
しかし、この映画の主役は、キアヌ・リーブス演ずるところの敏腕弁護士。
殺人事件で被告人は、警察に「ボクが殺った」と自白した以外は、一切、黙秘を続けていた。
弁護士にさえ何も喋らないので、作戦の立てようもなく、裁判は圧倒的不利な情勢にあった。
アメリカの裁判は、陪審員制なので、有罪か無罪か(Guilty or Not-Guilty?)を陪審員の全員一致の評決で決める。
その後、有罪であれば裁判官が量刑を決める。
ここらが量刑まで裁判員で決める一部裁判員制をとっている日本との違いだが、この映画の場合は、そういう違いは関係ない。
この「被告人が被害者を殺した」という「事実」について、刑事や検屍官は内心は疑わしいと思っているのが、カットバックで回想がはさまれていて、被告の自白に合わせた「調書」や「鑑定書」を作成したものの、それがバレると職を失うので、「証言台」ではシラを切り続ける。
弁護士は、専門家の面目を潰すような追求を最初からはしないのが得策と考え、あえて「合理的疑い」を深くは言い立てない。
弁護士は「被告人が被害者を殺した」という「事実」については争わず、「第三者防衛による殺人」だと主張するつもりだった。
つまり、「被告人は誰かを守るために被害者を殺した」というもの。
だが、これは以前にも負けている手法で、陪審員には理解するのが難しい理論だった。
陪審員は対立し合っている一方に味方したとしか見てくれないのだ。
検事は、弁護士はいろいろ言ったが、「被告人が被害者を殺した」というのは変えようがない「事実」なのだから、「第一級殺人」について「有罪」の評決をいただきたいと最終弁論で言う。
これに対し、弁護士は、「事実」よりも「なぜ殺したか?」という動機である「真実」が問題なのだという。
つまり、「正当防衛」あるいは「緊急避難」の「違法性阻却事由」があるのだから「無罪」評決をと主張する。
ここで重要なのは、「無実」かどうかではなく、「無罪」かどうかを争っているということだ。
弁護士にとっては、被告人が「無実」かどうかはどうでも良くて、「無罪」を勝ち取ることが努めなのだという。
美貌の副弁護士(ググ=バサ・ロー)は、それが倫理的に正しいことかどうか、迷いながらも、逃げることなく、最後まで立ち会う。
さて、評決の行方は?
そして、「真実」は、どうか?
裁判が終わって、はっきりしたのは、他人の「真実」は、はっきりしないということだ。
だが、わたしは、やっぱり「真実」を追求したいのが人間だと思う。
これは、傑作だね。
レニー・ゼルヴィガー、これがあの「ブリジット=ジョーンズ」シリーズのレニー?
すっかり、おばさんになってしまったね。
ググ=バサ・ローは、ハル・ベリーよりシャープな美人で、一瞬、「フリンジ」のアストリッド(ジャシカ・ニコル)の妹かと思った。
この人間的弱味を一杯抱えながらも、嘘を見抜く天才という副弁護士のキャラクターはいいね。
後で考えると、伏線に一役買っている。
ホントよく出来たシナリオだ。
オススメ映画。

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