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2017年5月9日 / misotukuri

映画「28週後...」のあなたならどうする度

 昨夜は「28週後...」(07年、英、ファン・カルロス・フレスナディージョ監督、ロバート・カーライル、ジェレミー・レナー他)を見たが、スゴイね。
 「28日後...」の続編だが、これは別家族の話だ。
 咬まれると急速にゾンビ化するウィルスの蔓延で、英国は28日でほとんど壊滅したというのは、「28日後...」までの話。
 その後、ゾンビになった者たちが人間を食い尽くしたあげく11日で餓死してしまい、28週後にはウィルスはほぼ終息し、安全宣言が下され、英国は復興に向かっていた。
 米軍を中心とする国際援助部隊が見守る中、海外に避難していた英国民が続々とロンドンに到着する中に、まだ子どもの姉弟がいた。
 彼らを駅で待っていたのは、ゾンビの群れに襲われた際に妻を見捨てて逃げた二人の父親だった。
 姉弟は父親から母親の死を知らされるが、ある日、「母さんの顔を忘れそうだよ」と弟がつぶやいたことから里心に火がついた姉弟は、まだ解除されていない危険地帯にある元のわが家に行って見ようということになる。
 こっそり監視の目を盗んで安全地帯を抜け出していく二人をビルの屋上から監視していた狙撃兵は、直ちに救助ヘリで二人の後を追うように伝える。
 そうとは知らない姉弟は腐臭漂う廃墟となった危険地帯をおっかなびっくり大冒険の旅に出たのだが、・・・
 二人の中でも特に弟の方は、現時点で最年少(12歳)の英国民で、いわゆる虹彩異色症(ヘテロクロミア)の変種(?)で防疫担当の注意を引いていた。
 これは母親の遺伝らしかったということだが、このことはその後の展開の伏線となっている。
 まあ、ここまで言うと、後の展開は誰でも予想がつくだろうが、問題はストーリーじゃない。
 危機管理の要諦は、「要諦」という文字が表すように、何かを諦める必要があるということだが、現実にはそれはなかなか難しい。
 このドラマでは、次の二つのケースが対比的に描かれている。
 1.夫は妻を救けることを諦め、見殺しにした場合
 2.狙撃兵は子どもを撃ち殺すことを諦め、助けることにした場合
 これが逆だと、単純な解決で終わってしまうので、ドラマにはならない。
 夫は妻を助けに戻って戦うが、かなわず共にゾンビのえじきとなるとか、狙撃兵は命令どおり子どもまでも撃ち殺し、一件落着というのではね。
 つまり、そのあたりにドラマ作りの要諦があるのだ。
 あえて、単純な解決を諦め、事態を複雑にし、問題の解決をより難しくすることにこそ。
 この映画の場合、観客は、誰もが、夫よりも狙撃兵の方に感情移入し、共感するだろう。
 共に、緊急避難事態下の行動で、社会的には、前者は許され、後者は処罰される。
 これは、人道か危機回避かであり、あるいは、倫理か法かということでもある。
 個人としては倫理に生き、社会の成員としては法に生きるべきだが、倫理と法が重なり合っていれば問題ないが、このケースのように対立した場合、あなたならどうするかだよな。
 オレは、勝手ながら、他人には法の執行を要求し、自分には倫理に従うね。
 なぜなら、自分あっての社会で、自分を犠牲にしてまで社会に尽くすことはないと思うから。
 結局、社会とはそういう得手勝手なオレみたいな人間で成り立っていると思うのだな。
 ところで、狙撃兵役のジェレミー・レナーも、こういう役どころばかりやってりゃ、人気出るわな。
 彼の出た映画を見たのはこれで5本目だが、いずれも戦う男の役どころ。
 役を選んでいるというが、何か自殺願望でもあるのか、役柄はどれも自分の命を粗末にするところがあるね。
 それにしても、英国の破滅テーマSFというのは、複雑で面白い。
 続編がより面白い映画や小説は珍しいが、この「28週後...」はその稀な例の一つだろう。
 では。

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