コンテンツへ移動
2018年9月21日 / misotukuri

木村翔VS田中恒成を予想する(結果付き)

 9月24日、プロボクシングWBOフライ級世界タイトルマッチ、木村翔VS田中恒成戦がある。
 もう間近に迫ったので、ここらで勝敗等の予想をしてみたい。
 木村翔のV3戦の相手は、ミニマム級・ライトフライ級の2階級を制覇し、この度フライ級で3階級目の世界最速制覇に挑戦する田中恒成。
 これは面白いね。
 第一感、田中が勝つのではと思うのだが、すぐに木村の方が勝つかもと思ってしまう。
 なかなか甲乙つけがたいので、まずはデータ比較してみよう。
 木村:29才、身長165cm、リーチ169cm、右、20戦17(10KO)1敗2引き分け、KO率50.0%
 田中:23才、身長164cm、リーチ162cm、右、11戦11勝(7KO)、KO率63.6%
 年齢は、木村が6才年長だが、年寄りと言うほどではなく、むしろ一番充実している時にいる感じだ。
 体格的には、身長はほぼ同じ、リーチは木村が7cm上回っているが、有利と言うほどのものではない。
 スタイルは、共に右のボクサーファイターだが、どちらかというと、木村がファイターで田中がボクサーという感じかな?
 木村は打たれ強く、ぐいぐいと強打でしつこく打ちまくるタイプで、田中はスピードと回転の速い連打をまとめるタイプ。
 共にボディー・ブローが強烈で、コンビネーションも日本人離れして上手だ。
 パンチ力は、KO率こそ田中の方が上回っているが、ミニマム、ライトフライ級でのことであり、フライ級の木村に通用するかは疑問がある。
 打たれ強さは、木村が抜群だろう、一方、田中は打たれ脆い印象がある。
 ただし、田中は勝負をあきらめず、最後には逆転KOで決める力がある。
 木村は、スピードがそれ程でないので、捕まえきれない場合がある。
 キャリアは木村の方が倍近いが、世界戦の経験では、木村の3回(全KO勝ち)に対し田中は5回(3KO2判定)で、田中の方が多い。
 対戦相手の質では、木村の場合、海外で北京・ロンドン五輪金メダリストのゾウ・シミンをKOで下したというのはあるが、田中は、モイセス・フエンテス、アンヘル・アコスタ(現王者)などをKOまたはダウンを与えての判定で完勝している。
 木村のゾウ・シミンを下した試合は、当時のゾウ・シミンはもうロートルになっていたとか、まぐれだとかいう話も聞くが、中国の大スターを完全アウェーの中国でKOしたのだから、やっぱり大したものだ。
 以上の検討を3段階相対評価で数値化してみよう。
 優れている=+1,互角=0,劣っている=-1とし、K=木村,T=田中とすると、
1 年齢    K=0、 T=0
2 体格    K=1、 T=-1
3 スタミナ  K=1、 T=-1  
4 スピード  K=ー1、T=1
5 パンチ力  K=0、 T=0
6 根性    K=0、 T=0
7 対戦相手  K=-1、T=1 
  合計    K=0、 T=0
こういう大雑把な相対評価では差がでないので、5段階(1~5)絶対評価で行くと、
1 年齢    K=3、 T=2
2 体格    K=3、 T=2
3 スタミナ  K=5、 T=3  
4 スピード  K=3、 T=5
5 パンチ力  K=4、 T=4
6 根性    K=5、 T=5
7 対戦相手  K=3、 T=4 
  合計   K=26、 T=25
なんと35点満点でわずか1点差で木村の勝ちと出た。
これはやはり、スピードかスタミナかということになるのではないか?
木村はスピードでは田中に劣っているという自覚があるので、タイ合宿で1R4分休憩45秒というタイ式トレーニングによりスタミナ強化をはかり、15R戦ってもいいと豪語している。
防御という要素は、スタミナの中に含めたが、田中は先にダウンさせられて逆転勝ちというのが多いように、しっかりした防御ができていない。
だから、タイミングを合わされたり、一瞬の隙を突かれたりするのだ。
もし、木村にダウンさせられたりすると、今までの相手のように逆転することは難しいと思う。
しかし、スピードの差は歴然としているので、打っては離れすることに徹すれば、やはり、木村はついて来れない。
だが、それが12R持つかというと、さあ、どうかなというところだ。
パンチ力も、ライトフライ級上がりの田中のパンチはナチュラルなフライ級の木村に比べると鋭くて速くても軽いのは否めない。
しかし、田中のパンチなどで木村の瞼が切れて出血したりすれば、パンチは軽くても十分威力的だと言える。
コンビネーションは共に日本人離れしていて上手だが、木村はやや変則か。
ああでもないこうでもないと、一人予想を楽しんでいるが、こういう場合は、感覚より数字が告げる方をを選びたい。となると、微差ながら、木村の勝ちだろう。
差はわずかでも、結果に大きな違いがあるのがボクシング。
どちらが勝つにしても、KOだろうが、後半木村のKO勝ちだろう。
<2018.9.23 予備検診結果>
    木村    田中
身 長 164.8cm 164.7cm
頸 周 37.6cm  35.5cm
胸 囲 85.0cm  83.2cm
リーチ 169.5cm 164.0cm
視力 左1.5右1.5 左1.2右0.9
両者、ほぼ互角。だが、全て木村が上回っている。
リーチ、視力で差が目立つね。
それを田中はスピードで補っている。
井上尚弥も視力をスピードで補っているが、両者には大きな違いがある。
田中は必ずどこかで痛打されるが、井上はそれを避けるために速攻を掛けるのでほとんど打たれない。
田中も今回木村のパンチ力に脅威を感じたら、速攻をし掛けるべきだろう。
そうしないと、いずれは身体が壊れる。
<2018.9.24 結果速報>
田中が12回判定勝ちで新王者。
スコアは、2-0(114-114、115-113、116-112)のマジョリティ・デシジョン。
第一感どおりだったが、計数化する時、名古屋ファクターを忘れていた。
まあ、後でじっくり動画で見てみたい。
<2017.9.25 動画視聴感想>
まれに見る激闘だったが、私の採点では、114-114のイーブン。
最終回12Rの採点で勝敗が決した。
採点結果を子細に見ると、116-112で田中としたジャッジと114-114でイーブンとしたジャッジは最終回10-9でいずれも木村なのに、115-113で田中としたジャッジは9-10で田中としている。
私の最終回の採点は、10-9で木村。
明らかに木村が取ったラウンドと思う。
もし、最終回、115-113で田中の勝ちとしたジャッジが他の二人と同じく、10-9で木村としていれば、採点は、114-114のイーブンになる。
すると、116-112,114-114✕2で、0-1のマジョリティ・ドロー、つまり引き分けとなる。
これは、少なくとも誰の目にも明らかな最終回だけ取ってみても、引き分け(=木村の防衛)が妥当な試合だった。
もし7Rの田中ダウンがスリップダウンの判定でなければ、とか、田中のパンチの手数を買うか、木村のパンチの威力を買うか、採点が難しい試合だった。
確かにボディーブローなんかでも音が違うね。
田中のはパーンと音が派手なのに木村のはドスッと重い。
ポイントとしては同じでも効き方が違う。
田中は木村のパンチで後へ上体ごとのけぞるように飛ぶが、木村は田中のパンチでは少し傾ぐ程度。
しかし、ラウンドの前半田中の攻勢が目立ち、中盤から木村が逆襲し、終盤、やや田中の攻勢かというラウンドが結構多く、疑問ラウンドが5つあった。
私はその内3つを田中に2つを木村にふったが、それを全部田中にふると116-114で田中の勝ちとなり、ジャッジの一人と同じ採点になる。
これはこれでジャッジのボクシング観なので、それもアリかなとは思うが、そのジャッジでさえ、最終回は木村のラウンドにしている。
何故なら、田中の手数が激減し、後退するシーンが多く、手数重視のジャッジメントなのにポイントをつけようにもつけられない状態だったからだ。
これはこれで論理一貫しているので問題ない。
このジャッジは別におかしくはないが、最終回逆に10-9で田中につけたジャッジの採点は疑惑だらけだ。
説明がつかない。
これが名古屋ファクターなのだと言われてもしかたがないだろう。
好試合だっただけに、残念だ。
 

 

2018年9月20日 / misotukuri

世界一高い車保有の税、それがどーした?

 以下は、今日の読売新聞からのコピペ。
<日本自動車工業会(自工会)は20日、自動車にかかる税金の大幅な減税を求める税制改正要望を発表した。
 2019年10月に予定される消費税率10%への引き上げを見据え、国際的に高いとされる車保有に関する減税を主張する。
 自動車税制の見直しは19年度税制改正の焦点となる見込みで、政府・与党は検討を本格化させる。>

 税金を安くして欲しいのは私もだが、税金を安くしたからと言って、年収300万円もない者には、プリウスも買えないだろう。
 税金を下げた分、購入総額が減るかと言ったら、最初は減ってもその内逆に高くなる。
 普通車が売れないのは、税金の問題ではなく、
 1 値段が高い
 2 道路が狭い
 3 高齢化と人口減少
 という問題があるからだ。
 これらの内、自工会のメンバーの努力で可能なのは、1ぐらいで、2はまずは彼らがもっと税金を払わなくては無理だろう。
 3は、どうにもならないことなので、自動運転の普及で解決するしかない。
 公共交通機関の発達していない田舎では、自家用車に依存しなければしかたがないので、これからも自動車は売れると思うが、需要があるのは中古車だろう。
 貧困層には中古車で十分だが、むしろ、車の保有にかかる税の負担が重いのは、こういう担税力に欠ける層が購入する中古車の場合だ。
 年々財産としての価値は下がるのに、税金は同じだけかかり、燃費はだんだん増えていく。
 いっそ軽自動車に変えようかと思っても、子育て世代では、チャイルドシートなどの問題から、軽自動車では狭すぎる。
 ウチも孫2人の送り迎えをたまに頼まれることがあるので、軽では同時に他のことはできなくなるのでしかたなく、11万kmオーバーの老愛車をまだ使っている。
 新車は良いが、満足度はペイしているかだよ。
 高い新車を買える人間は、税金や燃費のことなど気にせず、買うって。
 保有税だから、財産価値の逓減に応じて税額も逓減させるのならわかるが、売れないから税を下げろというのは理屈に合わないと思う。
 また、車が売れないで総数が減っていくと、排出ガスの絶対量もその分少なくなるのでは?
 では。

2018年9月14日 / misotukuri

GGG VS カネロ2を予想する(結果付き)

GGG(ゲンナジー・ゴロフキン)VS カネロ(サウル・アルバレス)のリマッチが16日にある。
ボクシング・ファンならこれを見ない人はいないだろう。
第一戦目は、一人とんでもない大差でカネロにつけていた女性ジャッジがいたので、三者三様のスプリット・ドローに終わったが、普通に採点すればGGGが勝っていた試合だった。
何か、女性蔑視みたいだが、そうではない。
買収されていたにしては、露骨すぎるから、多分、ボクシング観の差だろうと思う。
男性ならあれこれ考えて採点するところ、彼女は自分のボクシング観に忠実に採点した。
彼女にペナルティを課したのはどうかと思う。
ボクシングも、KO決着なら、それほど問題はないが、ジャッジも人間である以上、判定決着となると完全に公平な判定は困難だ。
そういうものだと割り切って、判定に不満なら、リマッチをさせればいい。
まあ、今回はジャッジを慎重に人選したようだから、それほど極端な判定にはならないだろう。
GGGは、ゲンナジー・ゲンナジーェヴィッチ・ゴロフキンの頭文字のG・G・G。
ロシア系のカザフスタン人なので、名前もロシア風。真ん中は父称で、お父さんも同じゲンナジーという名前で、ようするにゲンナジー・ゴロフキンの息子のゲンナージーという意味。
ギリシャ系、ラテン系の名前の付け方だが、カネロのサウル・アルバレスという名前も、実際はロシア系以上にもっと長いはずだ。
カネロは、スペイン語で赤毛の意味だそうで、ちょっと頭髪が赤いので、赤毛というあだ名。
彼は、メキシカンで、いかにもマッチョ。
メキシカンのマッチョたちの美学では、明らかに負けていても、決して負けを認めようとしない。
カネロも「あれはやっぱりオレの負けです」と言おうものなら、途端に、嘲笑され、人気は地に落ちることになるので、「オレが勝っていた」と言わざるを得ない。
いや、ある意味、言わされるのだ。
そうしないと、大金をかけて、お金を失ったファンから、殺されかねないからだ。

まあ、前置きが長くなったが、そういうことを踏まえて、コアなファン向けに予想したい。
初戦でお互いの手の内をわかったところで、ファイトは1R目から、激しいだろう。
ゴロフキンは、36歳であり、年齢的にも、もうピークは過ぎていることは確かだ。
前回の教訓で、カネロがタフなことはわかったと思うので、KO狙いをあきらめて判定で勝つ作戦で来るか、逆に消耗戦を避けて、早い回でのKOを狙った作戦で来るか。
多分、後者だろう。ボディ打ちでカネロのスタミナを奪い、こめかみを狙う。
一方、カネロは、判定で勝つことを狙うだろう。
足を止めて打ち合いするのは避け、アウト・ボクシングに徹して打っては離れしているかぎり、スピードに差があるのでゴロフキンはカネロについてこれない。
・・・とまあ、思うのだが、勝敗はわからない。
リマッチでは、前回勝った方がまた勝つ場合が多いが、一応、引き分けだからね。
年齢と体力についても、GGGは確かに下り坂だが、カネロも早熟で28の割には肉体は傷んでいる。
パンチ力ではGGGで、スピードはカネロ。テクニックや打たれ強さはほぼ同等。
こういう場合は、スピードがある方が有利だが、GGGはスピードのある相手も倒してきているからね。
あとは、カネロの精神面がちょっと問題かな?
GGGのパンチに恐怖感を植え付けられていたとしたら、これはもう、GGGのものだろう。
まさか、カネロまたしても違法薬物接種か?なんてことはないだろうけどね。
GGGに2RKOで負けたマーティロシヤンが、「(筋肉増強剤に手を出した)カネロの気持ちがよくわかったよ」と言って報道陣を笑わせたが、もし疑惑が事実なら、カネロは戦う前から気持ちで負けていたことになる。
今回、カネロは、「1回からKOを狙っていく」と言っているが、それはメキシカン特有の強がりかも。
まあ、今回はじっくり見て楽しもうよ。
<2018.9.16 結果速報>
2-0(115-113×2、114-114)の判定でカネロの勝ち。
ゴロフキンは計量時、カネロの挑発に、「カネロは男じゃない」とか感情的なことを言って反発したが、チャンピオンがこういう反発をする時はたいていチャンピオンが負けるとしたもの。
それに、ゴロフキンの身体からこれまでの分厚さが消えていたので、もしやと思ったが・・・
カネロはシェイプアップされ、前回のような水ぶくれ感は一掃されて、素晴らしい仕上がりだった。
そしてまた、カネロはマイク・タイソンに勝ったイベンダーホリフィールドのように戦った。
すなわち、ゴロフキンのパンチを恐れず、前進し続けたことだ。
特に、手数はゴロフキンほどではなかったが、シャープで強いパンチを繰り出していた。
ゴロフキンはカネロのボディブローで肋骨を痛めたのではないかな?
前半積極的なカネロの攻勢、後半ゴロフキンの追い上げで、最終回どちらに振れるかで勝敗が決まったようだ。
カネロはゴロフキンを良く研究していたね。
しかし、やはり中盤から後半、スタミナ切れを起こしていた。
カネロがスピード勝負してくるとは思ったが、それは動きじゃなくて、パンチのスピードだった。
強くて速いパンチを要所に繰り出す。
アウトボクシングでは、ゴロフキンに捕まると思ったんだな。
今回はカネロの作戦勝ち。
ゴロフキンは40戦目で初黒星。
年齢から言っても、ここらで引退した方がいいと思う。
村田も目算が狂ったね。
村田がカネロに勝つには、体格差のアドヴァンテージを最大限に生かした戦い方をすべきだろう。
アンダーカードのロマゴンVSモイセス・フエンテスは、ロマゴンの5RTKO勝ちで、再起。
ムンギアは3RTKO勝ち、レミューは1RTKO勝ち。

2018年8月10日 / misotukuri

岩佐亮佑 VS TJ・ドヘニーを予想する(結果付き)

8月16日、IBF世界Sバンタム級タイトルマッチ、岩佐亮佑 VS TJ・ドヘニーがある。
試合まであと一週間を切ったので、TJ・ドヘニーの公開練習もあったことだし、そろそろ勝敗予想をしてみたい。
暑いので先に結論的に言えば、TJ・ドヘニーの中盤までのKO勝ちと思う。
どうしてそう思うか?
1 岩佐は速攻型に弱い
 TJ・ドヘニーは、動画を見た限りでは、最初から委細構わずガンガン行くタイプだね。
 まだ、無敗だから、恐いものなしで、攻めまくっている。
 逆に、岩佐はじっくり相手を見て行くタイプだから、攻めが遅い。
 常にきれいに決まる一発を狙っている感じで、ここぞというときの爆発力が足りない。
2 岩佐は変則やサウスポーに弱い
 敗れた相手、山中慎介、リー・ハスキンスは共にサウスポー。
 同タイプの山中に負けたのは、若くてキャリア不足だったが、背の低いリー・ハスキンスに負けたのは説明がつかない。
 英国で嫌がらせを受けて体調を崩したというのならわかるが、あれが実力ならダメだ。
3 岩佐は自分の距離をつぶされると弱い
 体格では、身長、リーチともに岩佐が勝っている。
 とくに、リーチが180cmと10cm以上長いのは、離れて戦うなら、有利に働くだろう。
 しかし、TJ・ドヘニーは見ればわかるが、がっちりした体格で、接近戦を仕掛けるはず。
 岩佐は自分の左ストレートが決まる距離を保てないだろう。
4 岩佐はメンタルが弱い
 岩佐は10人のフィリピン人と戦っているが、KO出来たのはなんと2人だけ。
 6割のKO率を誇る岩佐が、ことフィリピン人を相手にすると、2割にまで落ち込んでしまう。
 ここらに岩佐の欠点があるのが見て取れる。
 フィリピン・ボクサーは、概して思いっきり強いパンチを振ってくるボクサーが多い。
 パワー・ボクシングだな。
 岩佐は、そういう相手の一発を警戒するあまり、慎重になりすぎ、逆に相手のラッキー・パンチをもらったりして、勝つには勝つのだが判定で終わってしまうのだろう。
 TJ・ドヘニーは、最初はフィリピン・ボクサーのように思い切って打ち込んでくるだろうが、馬力で押し切れないとなると、テクニック合戦になる。
 岩佐は、「テクニックは僕が上」とか言っているが、TJ・ドヘニーはアマキャリアが200戦以上あるという。これはすごい試合数だ。
 TJ・ドヘニーのプロでのスタイルだけで判断していると、墓穴を掘ることになる。
以上、今回の相手は、非常にヤバイ相手と思っていい。
ただし、私の予想は、TJ・ドヘニーの公開練習前のデータによるもので、意外と大したことない相手かもしれない。
 <両者のデータ比較>
 岩佐:28歳、左、身長171cm、リーチ180cm、27戦25勝(16KO)2敗(2KO)、KO率59%
 ドヘ:31歳、左、身長168cm、リーチ168cm、19戦19勝(14KO)、KO率74%

<追伸挿入2018.8.12>
 ( )内はコピペ。岩佐及びセレス小林会長のコメントだ。
 岩佐:(「圧倒した流れの中で(結果的に)KOできれば満足」)
 セレス小林会長:(「技術は相手よりある。あとは勇気と気持ちがあれば勝てる」)
 こういうコメントに対して私は肯定的に受け取れない。
 セレス小林会長は岩佐の弱点がメンタル面にあることを承知している。
 昔、気が弱いが能力的にずば抜けた競走馬がいた。
 スタートでポンと馬群を抜け出し、マイペースで行ったきりの展開になって、血の限界がゴールより先にあれば、他の馬は絶対に追いつけない。
 ところが、前方に斜行する馬がいたり、何かの拍子に馬群を抜け出せないことがあると、途端にやる気を失って、入賞はするものの凡庸な成績に終わってしまう。
 G1レースをいくつか制覇した馬なので、一流馬であることは確かだが、超一流馬には今一つ。
 岩佐もこれと同じで、展開次第で結果が変わってくる。
 TJ・ドヘニーが見掛け倒しで大したことなければ、何とか判定で岩佐が勝つだろうが、それ以外では厳しいだろう。

<追伸 結果速報 2016.8.16>
TJ・ドヘニーの3-0(115-113,116-112,117-112)のユナニマス・デシジョンで勝ち。
岩佐は2回目の防衛に失敗した。
内容は採点以上に競っていたと思う。
私の採点では、114-114の引き分けだった。
岩佐は前半のラウンドほとんど取られていたと思う。
私の採点でも、岩佐が取ったのは1Rと5Rだけで、あとは全てドヘニーにつけた。
後半、8,9,10,11Rと連取しいったんは逆転したのだが、最終ラウンドドヘニーに持って行かれた。
この連取したラウンドも、数多く当てていたのはドヘニーだったが、一発の有効打を重く見て岩佐にしたのだが、ジャッジたちはそれほど有効打とは見なかったんだろうな。
解説の3人の元世界チャンピオンは、ちょっとひいきの引き倒しみたいで、ドヘニーが疲れているのを岩佐がポイントを取れているのと勘違いしている。
いくら疲れていたって、より多くパンチを当てKOされなければ、ポイントでは勝っているのだ。
岩佐のビッグパンチは10Rの左ボディ一発のほか全ラウンド通じて3発くらいだったので、これではポイントは取れない。
ドヘニーが疲れていたのは確かで、やはり岩佐のカウンターを警戒して、いつもしないアウトボクシングをしたからだろう。
しかし、それなら岩佐はドヘニーをKOしに行くべきだった。
ドヘニーは、パワーよりもテクニックが目立った。
やはり、アマ200戦の経歴はダテじゃなかった。
予想のKOではなかったが、やっぱりドヘニーが勝ったね。残念だ。

<追伸2018.8.17>
もうボロクソに言われてるね。
岩佐のKO勝ちと予想していた自分の不明を棚に上げ、何言ってるんだと思う。
岩佐も可哀そうだ。
そこまで言われることはない。
誰しも自分の得意とするパターンを崩されるとそれほどでもない相手にも不覚を取る。
皆一緒だ。
まあ、気を取り直して、もう一度出直しだよ。

2018年8月8日 / misotukuri

水脈問題-LGBTもL-O-V-Eで行けたらいいのだが・・・

 次々と世の中の実相があらわになってくるのは、これも安倍政権の陰なる功績だろうか?
 いやむしろ、トランプ米大統領だな。
 ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)より本音だろ、ということかな?
 杉田水脈代議士の差別投稿問題(LGBTを「生産的でない」と切り捨てた)についてもまさにこれ。
 彼女の個人的背景を侮蔑的に揶揄する向きもあるが、そんなことはどうでもいいのであって、やはり本音としては彼女のように思っている人が多いのではないかと思うのだ。
 そこでちょっと、真剣に考えてみた
 LGBTとは何かというと、「性の多様性」と「性のアイデンティティ」からなる「文化」を強調するもので、
 女性同性愛者(レズビアン、Lesbian)のL、
 男性同性愛者(ゲイ、Gay)のG、
 両性愛者(バイセクシュアル、Bisexual)のB、
 トランスジェンダー(Transgender)のT   を組み合わせたもの。
 単純に性的マイノリティの総称というのではなく、より限定的かつ肯定的な概念だとか。
 まるで、L-G-B-Tは、ナット・キング・コールのL-O-V-Eは素敵な・・・みたいだが、まあ聞いていただこう。
 https://www.youtube.com/watch?v=JErVP6xLZwg
 私など、昔の映画だが、「お熱いのがお好き」の有名なラストの名台詞「完璧な人間なんていないよ(Nobody is perfect!)」じゃないが、「完全な人間はいない」のだからLGBTだっていいんじゃないの?とまあ、こう言うので良いのではと思うが、何か皆目くじら立ててて嫌な風潮だね。
 関係ないが、好きだからコピペしておく。
 https://www.youtube.com/watch?v=883siBTN2Xg
 こういう時に、杉田水脈に同調しても罵倒されるだけだし、かといって、うかうかLGBTではない者がLGBTについて理解があるフリをしても、かえって運動をしているLGBTの人たちやその他の性的マイノリティの人たちからの反発を招くという危険性がある。
 したがって、LGBT問題などにはできるだけ触れず、LGBTの運動家の人たちのお言葉をお説ごもっともと聞くしかないという風潮が至るところで蔓延している。
 今回の杉田水脈代議士の件をめぐる各界各層の反応はまさにまるで「いつか見た光景」そのものだ。
 そういう風潮が一般のLGBTの人たちにとって良いものだとは決して思えない。
 LGBTの運動家のリーダーよりも彼らを忖度して差別主義者のレッテルを貼って歩くリベラル風な人間の方がうっとうしい。
 おそらく、LGBTの人たちの望みはそんな大それたものでなくささやかなものだろう。
 しかし、一旦、政治運動として火がついてしまうと、収まるのはなかなかだ。
 LGBTの人たちが性的嗜好などのカテゴリにとどまる限りそう問題はないと思うが、政治的に権利や義務の主体としての法的地位を求め出すと、当然のことながら法的整合性を整える必要が生じる。
 しかし、それは私法関係も公法関係も、自分で考えてみればわかるが、具体的に条文を記述するのはなかなか難しいだろう。
 憲法は解釈改憲で済ますにしても、例えば家族法関係、これは現行法の想定している一夫一婦制の家族制度はあくまで「例 その一」でしかなくなるだろう。
 改正条文の記述の仕方も難しいが、現行制度に乗っかった優遇措置の変更も理解を得るのは難しい。
 それに、そもそも多様なLGBTの人たちはそういう法的措置まで本当に求めているのか?ということもある。
 しかし、そういうジェンダーフリー社会が慣習的に形成されていくのならともかく、意識的に形成を強制していくのは軽率な試みと思う。
 なぜなら、その人のLGBTが、遺伝子による素質的なものなのか、あくまで社会や家庭での生育環境によって形成されたものなのかということについて、議論や認定が出来ていないからだ。
 通常、社会規範と対立する行為については、その原因が素質的なものか環境的なものかで「許容」の程度が違う。
 例えば、反社会的とされる行為が、知的障害者によってなされた場合とせいぜい生育環境も良くなかっただけの場合では、責任の問われ方も違う。
 LGBTが直ちに憲法以下の法令違反の反社会的行為だというのではないが、LGBTの人たちが自分たちに認められていない法定の権利や義務を主張する行為をすると、それは今のところ反社会的行為に該当する。
 従って、LGBTの人たちは、自分たちの主張の正当性について、素質的にどうしようもないことだからか、環境的なものだが今さら元に戻せないことだからか、それとも、素質や環境に関係なく自分たちが望む人権を認められるべきなのかを明確にすべきだろう。
 おそらく、素質や環境のせいにせず、あくまで「LGBTだって、人権を認められるべき人間だ」という主張なのだろう。
 だが、それはジェンダー・フリー社会が形成されつつある欧米でも、家族観について伝統的で宗教色が強い地域ほど、認められないことだと思う。
 また、(ここから私流の飛躍が始まるが)LGBT承認も結局LGBTにとどまらないのだ。
 これはSF的空想だが、今やその日が来るのは近いと思うが、例えば、人間とアンドロイド、人間と遺伝子強化で人間化した動物、人間と宇宙船(AI)などの結婚ということもあり得る。
 人権は拡大傾向にあり、必ずそうなる。
 LGBTの人たちにそのままで人権を認めることくらい、ささいなことだ。
 とは言うものの、政治問題化しているときの対応は難しい。
 しかし、やっぱ、LGBTは、西城秀樹のY-M-C-Aだな。
 こっちの方がノリがいい。
 L-G-B-T L-G-B-Tって連呼できるもんな。
https://www.bing.com/videos/search?q=%ef%bc%b9%ef%bc%ad%ef%bc%a3%ef%bc%a1+%e8%a5%bf%e5%9f%8e%e7%a7%80%e6%a8%b9&view=detail&mid=91D775CCD320C255DC8C91D775CCD320C255DC8C&FORM=VIRE
 

2018年8月1日 / misotukuri

2018年上半期に見た映画ベスト10

今年は認知症だった母が亡くなったり、自分が肺炎で入院したりで、映画はほとんど見れていないまま半分過ぎてしまった。
今日現在でようやく30本見ただけだから、この調子では、目標の120本は到底無理だろう。
まあ、それでも結構面白いのはあった。
ここらでメモ代わりに上半期のベスト10を挙げておこうと思う。
新旧優劣関係なく、見た順に。
1 プールサイド・デイズ 13年、米、ナット・ファクソン監督、リアム・ジェームズ、サム・ロックウェル他
2 ロマン・デュリスの偶然の殺し屋 16年、仏、パスカル・ショメイユ監督、ロマン・デュリス他
3 フェリーニのアマルコルド 73年、伊、フェデリコ・フェリーニ監督、ブルーノ・ザニン他
4 裸のジャングル 66年、米、コーネル・ワイルド監督、コーネル・ワイルド他
5 バタリオン ロシア婦人決死隊VSドイツ軍 15年、露、ドミトリー・メスヒエフ監督、マリア・アロノバ他
6 最後の晩餐 平和主義者の連続殺人 95年、米、ステーシー・タイトル監督、キャメロン・デイアス他
7 ジーサンズ はじめての強盗 17年、米、ザック・ブラフ監督、モーガン・フリーマン他
8 ビヨンド・ザ・トレック 17年、米、イアン・トゥルトーナー監督、サニー・メイブリー他
9 エンドレス・マーダー 15年、米、ドル・ブラウン監督、スティーヴ・モウザキス他
10 スペースカウボーイ 00年、米、クリント・イーストウッド監督、クリント・イーストウッド他
どれも、総じて小粒な印象だが、3 フェリーニのアマルコルド だけは、違うね。やっぱり別格という感じかな。
ムッソリーニ時代のイタリアの田舎町での記念すべき1年間の出来事をノスタルジックに愛情をこめて描いた作品だ。
しかしまあ、こういう作品ばかりだと疲れるのも確かで、1 プールサイド・デイズ、7 ジーサンズ はじめての強盗、10 スペースカウボーイ などの頭を使わないで感動させてくれる大人の童話も必要だ。
SFでは、8 ビヨンド・ザ・トレック は、評判は良くないが、今日的問題をエクストラポレーション(外挿)した思考実験的作品だ。
デザイン・ベイビーが一般的になると、こういう問題も起きてくるだろう。
それは今に必ずそうなるので、避けられない未来だが、私の孫の孫の世代の出来事だろうから、なんとかうまく切り抜けてほしいものだ。

2018年7月7日 / misotukuri

麻原彰晃、お前もポアだね!

 7月6日 オウム真理教の教祖麻原彰晃(本名:松本智津夫)他元幹部の計7名(井上嘉浩、早川紀代秀、中川智正、新実智光、遠藤誠一、土井正実)の死刑が執行された。
 早速、EUなど死刑制度廃止国からこの死刑執行に関して反対の声が上がったと朝日新聞が報道している。
 毎日新聞はもっと正確にEU駐日代表部が加盟国の駐日大使らと連名で、日本政府に執行停止の導入を訴える共同声明を発表したと報じている。
 死刑制度の存廃を考える上で、恐らくこのケースほど適当なのは少ないだろう。
 死刑制度廃止国の主張は、たいてい次の3点。
 1 死刑は究極の人権否定である
 2 死刑には犯罪抑止効果がない
 3 冤罪による過誤があっても人命は元に戻らない 
 まず、1だが、これは人権を擁護すべき国家による人権否定は自己矛盾であり許されないということだろう。
 国家が私的報復を禁じる理由というのは、目には目を歯には歯を命には命をという罪と刑の適切な等価性を担保する罪刑法定主義の考え方にある。
 ところが、死刑制度廃止論者は、命の場合は被害者の命よりもまだ生きている加害者の命の方が大事というのだ。
 その理由として、2や3の懸念を挙げる。
 だが、死刑には犯罪抑止効果がないという統計的事実の信憑性とか冤罪過誤の不可逆性を議論する前にもっと人口学的な視点で「死刑を執行したくない」という気持ちがどこから生じるのか考えてみたらどうだろうか。
 ブログでグダグダ論証するより、結論を急ぐと、EU諸国では女性の政治的地位が高く、投票人口的にも女性の方が多いことが原因だろう。
 よく「戦争は究極の人権侵害です」などと言うが、女性は総じて反戦主義で、大義があろうとなかろうと関係なく戦うのを避ける。
 ある人権研修のアンケートのとりまとめをしていて驚いたのは、女性はセクハラや児童ポルノには生理的反発を示すのに、悪人を殺すくらいなら自分が殺された方が良いなどと本気で思うことができる人がいるということだ。
 女性全部がそういう人ばかりではないだろうが、こういう種類の人間と権利とか義務について共通の理解を得るというのは難しいと思った。
 攻撃性というか、もっとはっきり言えば、殺戮本能というのは、女性より男性の方が強く、それを社会規範で巧みに制御している。
 つまり、法、道徳、宗教、倫理などのルールで担保される「大義」とか「正義」という言い訳で。
 だから、戦争なんかでは、本当は殺したいから殺しているのに、それを言っちゃおしまいだから、殺したくないけど「大義」や「正義」のために義務を果たしているのだと自分に嘘をつく。
 交戦中の敵兵が我が子のような少年(少女)兵だったら、「殺し」をためらうのはまた別の感情で、それでも殺すのは男で、捕まえて「洗脳」を解こうと試みるのが女だろう。
 そもそも侵略(侵入)者と見なされているのはこちらの方で、彼らが「洗脳」されて少年(少女)兵になっているとは限らないのに。
 確定死刑囚というのは、だいたい最低2人以上殺している。
 こういう人間は自己抑制がもともと効きにくかったり、「洗脳」や「マインドコントロール」で別の規範を上書きされていたりするので、ルールを哲学的に疑って、「大義」とか「正義」なんてものはないのだとか、評論家や学者が難しい話をすると、それがどんなに高尚なことだとしても、結果として辛うじて機能していた抑制を取っ払ってしまうことになる。
 私は教祖になってしまった麻原彰晃の気持ちもわからなくはない。
 彼が自分の宗教家としての妄想を口にした途端、心酔する信徒たちが単純に過激なことを始めてしまうと、もはやそれを止めるわけにはいかなくなったというところもあったと思う。
 私自身、仕事関係の研修で話を面白くするために極端なことをしゃべったら、何の知識も経験もないくせに度胸だけはあるという手合いから、ヤクザの用心棒かなんかのように先生、先生とおだてられるやら頼られるやらで、向こうはこちらを利用しようとしているのは見え見えなのだが、引くに引けなくなったことがある。
 紛争国の軍事顧問なども同じだろうと思う。
 松本千津夫も麻原彰晃に祭り上げられてしまえば、そう振る舞うしかなかったのだろう。
 自分の死刑執行も、彼にとっては、ポアだね。
 いい思いもしたんだから、仕方がないとあきらめろ。
 では。
<追伸2018.7.7>
 PM8:23頃、関東地方で強い地震。 すわ、彰晃の祟りか?
 まあ、そういうのがあるとしたら、思うに、逆恨みでも物凄いパワーだね。
 どこまでも勝手な奴だ。